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​筬島地区について

 音威子府村字物満内(ものまない)、天塩川を挟んで国道40号線と対岸に位置する筬島(おさしま)地区。

 「エコミュージアムおさしまセンター」の名前の由来にもなっているこの地域は、今でこそそば畑の中に民家が数軒残る寂れた場所ですが、かつては数百人の人口を抱え小学校や公民館も設置された、音威子府村の立派な一集落でした。

 砂澤ビッキがこの地にやってくる前の昭和初〜中期、小学校には数十名の児童が在籍し、木造の有人駅舎からは木材の貨物出荷が行われ、最盛期にはパチンコ店が建っていたこともあると言います。当時はそばではなく、小麦や米、ハッカなどを栽培していたようです。豪雪地帯の性質上、かつての建物はみな雪によって押し潰されたり解体されたりしてきたため、現在では道路や空き地からわずかに往年の痕跡が残るばかりです。

 当館では筬島地区の歴史・文化・生活様式を後世に残すため、資料の収集と保管を行い村内外の方へ情報発信を行なっています。施設南側の「サンテラス」では、往年の音威子府村や筬島地区の様子を記録した書籍やアルバムが数多く展示されています。お気軽にご覧ください。

 本ページで記載している年号・引用等は以下の出典に依ります。

『音威子府村史』(1976)、『音威子府村史上巻本編』(2007)、『筬島小学校廃校記念誌』(1978)、『物満内沿革』(1950または1952)

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旧教員住宅

校門跡

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※2022年現在の様子(絵:Yoichi Noso)